なぜ私が知的障害を持っててもさほど問題ないと言うのか

なぜ私が知的障害を持っててもさほど問題ないというか?

その前に、少し前提の話をさせてください。
会社で働く場合には、たしかに支障が出ることもあります。けれど、個人事業主として働いたり、障害年金などで暮らしていく分には、まったく問題ないことも多いのです。

ただ、私もそうでしたが、「他人と比べてしまう」ことってありませんか?
でも実は、その“人との違い”こそが、自分だけの財産だと思うんです。もちろん、時には「負」のように感じることもあります。でも、それは一面だけを見ているからです。

たとえば極端な例ですが(もちろん法律的にNGなことは論外です)、もし誰かが何かに強く執着していたとしたら、それも本人にとっては意味がある“価値”かもしれません。他人と比べて「良い・悪い」と決めつけてしまうと、せっかくの個性や力が埋もれてしまいます。

人と比べて落ち込んでしまうこともありますよね。でも、もしそれが「前に進めない理由」になってしまっているなら、一度立ち止まってみてほしいんです。
“劣等感”というのは、裏返すと「自分には何もないから、相手にすべてを委ねます」という気持ちの現れのように思えます。

私たち日本人の歴史も、ある意味で劣等感と向き合いながら発展してきたものです。恐れや不安は、生き物として自然な感情です。でも、他人と比べて不安を増やしてばかりいると、本来の自分らしい行動を取るチャンスをどんどん失ってしまいます。

ここまで少し長くなってしまいましたが、障害の有無に関係なく、こうした気持ちは誰にでも起こりうるものです。そして、大人でも未熟な人はいますし、逆にどんな状況でも成長できる人もいます。

最後にお伝えしたいのは、「怖がってもいいから、たくさん挑戦して、たくさん失敗して、たまに成功して、続けること」が一番の成長だということです。
少しでも、気持ちが軽くなってくれたら嬉しいです!

なぜこの記事を書けたのか?

実は私自身が、上で書いたような体験をたくさんしてきたからです。
情報がなくて騙されたり、馬鹿にされたり…。とてもつらい時期もありました。でも今は、その経験すら「してよかった」と思えています。

なぜなら、知識が身についたことで人に利用されることが減り、自分の好きなことができるようになり、他人の目もあまり気にならなくなったからです。

ちなみに私は、知的障害を持っています。でも、それでも楽しく、前向きに生きています!
挑戦して、失敗もして、成功もしてきたことで、少しずつ強くなれたと感じています。

pusyuuwanko

孤独が基本で、その状態が最も自由で心地いいと知っている青年。 君はなぜそんな事をするの?、見たくない、聞きたくない、となるような物を作り、問い続けるちょっとした創作者

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